おカネの使い方を知らない底辺庶民の年収がいきなり1千万円を超えるとどうなるか。私の黒歴史である経営者時代を振り返ります。

思い出したくない過去ってありますよね

年収1千万円は珍しい?

経営者時代のことは思い出すといろいろと死にたくなるので、普段は記憶にフタをしているのですが、今日はひさしぶりに黒歴史を掘り起こしてみたいと思います。収入がある人のうち年収1千万円を超える人の割合は4.1%(年収ラボ)と言いますから、少ないと言えば少ないですが、約24人に1人と考えると、そこまで珍しくもないですよね。1,500万円超えとなると全体で1%以下ですから、ここまでくるとさすがにレア感ありますけど。会社員で年収1千万円ってけっこう大変ですが、経営者なら全然珍しくありません。私は仕事上、多くの会社の決算書を見ますが、「えっ、こんな会社で・・・」(失礼)という印象の会社でも、社長はしっかり役員報酬で1千万円とか2千万円とかもらっています。逆に、600万円以下の役員報酬にしている会社って珍しい気がしますね。もちろん、会社員のような収入保障もなければ失業保険もありませんし、銀行からの借入れがあれば普通は連帯保証していますし、会社員と同列に見るというのは不公平ですが、それでもやっぱり、収入を上げたいなら経営者になるべき、という意見には私も賛成です。

私は中小企業経営者でした

かくいう私も若かりし日、起業して中小企業経営者となり、事業がそれなりに軌道に乗り、ほどなく役員報酬は1千万円を超え、ピーク時はさらに上の、それなりの額に達しました。年々利益が上がっていくと税金がけっこうな額になるので、節税でいろいろやっても最終的には役員報酬を上げるしかないんですよね。オーナー企業(株主は100%代表取締役が保有)の場合は、特段利益を出す必要もありませんし。給料を上げたいのはやまやまなのですが、給料って上げると法律的にも人事施策的にも下げにくいので、やっぱり躊躇してしまいます。自分の役員報酬なら、いつでも下げられますからね。会社員の給料が上がらないのって、払う側から見ると、実はこんな理由もあるんですよ。会社経営をしたこともない人たちが「内部留保を吐き出せ」とか主張していますが、あれは会計的にも経営的にも的外れな意見です。

中小企業のサラリーマンが給料を上げようと努力してはいけない3つの理由。その努力は報われません。

2017.01.23

庶民の収入が増えるとどうなるか

さて、私のように、もともとそれほど裕福な家庭で育ったわけでもなく、学生時代も貧乏を通り越して貧困に近い生活をしていた人間が、いきなり年収1千万円を超えるような収入になると、どうなるか。結論を言うと、壊れます(笑)。おカネの使い方を知らないというのは、こういうことなんだと身を持って体験しました。しかしまずは、参考までに良かったほうの記憶を呼び起こしてみたいと思います。

収入が増えて良かったこと

  • ほしかった物が買える
  • これは、収入が上がった直接的な効果ですね。それまではほしい物も我慢することが習慣になっていましたが、迷っている時間が無駄に思えるようになり、即決で買うものが増えました。とくに、本を買うことを我慢していた箍(たが)が一気に外れ、いわゆる大人買いをして書棚を満たしていくのが快感でした。洋服も好きだったので、一ヶ月20万円とか買っていました。

  • 毎日飲みに行ける
  • 当時はお酒が大好きだったので、何か理由をつけては、ほぼ毎日飲みに行っていました。経営者は会社の接待費を使える場合も多いので、それも考えると実際には、会社員と比べて収入以上に使えるおカネが多いんですよね。

  • 自信がつく
  • 私はもともと、それほど目立つのが好きな性格ではありませんし、自己評価が低く、言動もわりと控えめなほうだと思います。それでも当時は、やることなすこと上手く行っていたので、今思いだすと恥ずかしいほどに、やっぱり自信に満ちあふれていたのが周りの人にも伝わっていたと思います。

  • 人脈が広がる
  • いろいろな集まりに呼ばれるようになり、経営者、弁護士、知識人、芸能人など、それなりの方々と交流が持てるようになります。

  • 女性にモテる
  • 女性がいっぱい寄ってきます。もちろん、羽振りがいい男性なら誰でもいいという女性が大半ですが、自信家がタイプ、という理由もけっこう多かったように思います。そういう女性はたいてい自分が選ばれることを自覚している、つまり外見がいいので、理由はどうあれ、好かれるのは悪い気がするものではありません。

このように、悪いことばっかりではありませんでしたが、ずっと浮足立っていて、自分が自分でないような感覚があったのは、よく覚えています。
さて、続いては黒歴史のほうです。

黒歴史のほう

  • とりあえず金銭感覚が麻痺する
  • 収入が増えると、税や社会保険もものすごい額になります。とくに私は独身なので、控除などもいっさいなく、3割くらいは持って行かれたような記憶があります。だから、使える分ってけっこう限られているんですよね。それなのに、10万円や20万円の買い物ならポンポンしてしまうようになります。自宅はタワーマンション、車は輸入車2台なんてバカをやっていました。

  • ストレスを浪費で解消しようとする
  • 日々のプレッシャーから感じるストレスが激しく、お酒の量が増えました。ちょっと飲みに行くと10万円くらいは簡単に使いますから、その浪費感でなんとなくスッキリしていたようなところがあります。

  • 付き合いが多すぎる
  • 人脈が広がる、というのは悪い面もあり、面倒で本来望まないような人脈までも広がってしまいます。それでも仕事の絡みなんかができてしまうと無碍にもできないので、断らないようにしていました。

  • 敵が増える
  • 謙虚さはいつも心がけていたつもりなのですが、それでも不思議と敵はできてしまうものです。悪意を向けられるとこちらも嫌いになりますから、そういう自分のマイナスな感情にも疲弊していきました。

  • 女性からの好意に不信感を抱くようになる
  • 女性から好意を向けられても、私自身を好きなのではなく、その時の経済的に恵まれた環境が魅力なのだろうと訝ってしまい、恋愛ができなくなりました。今になって考えると、あの子は本当に好きになってくれていたんだろうなー、なんて思いだすこともあります。

  • なんとなく荒む
  • 結果、これに尽きます。荒みます。これが巡り巡って、事業が不調になっていくきっかけになったのだと、今は確信しています。

こうならない世界線はあったのか?

今の私が当時の私を説得できるか

収入が増えた状況をうまく御して、その後の心豊かな人生につなげることができたかと自分自身に問うと、おそらくどうやっても無理だったと思います。今の私が、当時の私を必死に説得したとしても、私は聞く耳を持たないと思います。
資産家を揶揄して「本当の金持ちはケチ」なんて言われますが、ケチなのではなく、自分の使えるおカネを正確に知っているし、おカネを使うべきところを知っているから、使わない場面ではそう見えるだけなんですよね。生まれながらにして、親のそういうおカネの使い方を見て育っているから、感覚として身についているのです。人間は、生まれながらにして自然に正確な金銭感覚を身に着けているわけではありませんから、家庭か教育で学ぶしかありません。ところが、日本の一般的な家庭にはファイナンスの概念なんかありませんし、学校でもおカネについては、「借りたものは返せ」とかどうでもいい倫理しか教えないのが実情です。

「やりたくないことをやらなくていい」って素晴らしい!

今はこんなブログを書いているくらいですから、おカネについてはある程度の正体を掴んだつもりでいますし、代償としてちょっと高額でしたが、あの経験すべてが私にとってのファイナンス教育だったのだと思えば、納得することもできます。楽しいこともなかったわけではありませんし、当時の人脈は今も仕事に繋がっていますしね。今はお気楽なフリーランスですから、収入は当時と比べてかなり下がってしまいましたが、これは負け惜しみではなく、多大な犠牲を払ってまで当時の収入に戻したいとはまったく思いません。自分にとって、「やりたくないことをやらなくていい」ということが普遍的な価値を持っていることに気づくことができましたし、それを実現するために収入や支出を含めた生活を設計し、実行できているからです。

それでも、当時の私をたった一つ説得できるとするなら、「浪費してもいいけど、300万円くらいは残しておいてくれ」とは言いたいですが(笑)。

300万円の資金ならループイフダンで月10万円の収入を得るのは、それほど難しくないのかもしれません。デモ口座を公開します。

2017.02.05

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ABOUTこの記事をかいた人

そうたろう

FXと節約を組み合わせた記事を書いています。 元会社員、元会社経営者にして元浪費家。現在、事業の失敗で背負った借金をせっせと返済しながらひっそりとフリーランスで生計を立てています。もっと早くお金の正体に気づいておけばよかったな〜などと後悔しながらも、あとの祭り的人生をそれなりに楽しんでいます。